【試読】はなり亭で会いましょう2

2021-07-24

 「小悪魔男子」という存在が現実にあるのならばきっと、目の前にいる宮田樹希のような人物を指すのだろう。自身が所属する大学の語学サークルの懇親会の席で、涼花はそう考えていた。
 そして同時に、そのような「キラキラ」した要素のある存在は、自分には関係が薄いものだろうと。少なくともその時は、そう考えていた。

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新たな年と小悪魔男子

「渡辺センパイ! 今日、サークルの活動日ですよね!?」
「うん、そうだね」
 人懐っこい笑みを浮かべる後輩・宮田樹希に対して、涼花は作り笑いを返す。
 話しかけてきたのは大学の語学サークルで知り合った、後輩・宮田樹希。パッと見、男性アイドルグループの一員と見間違えてもおかしくないような、整った風貌の年下男子だ。サークルが一緒になったことから、なんとなく履修科目について意見を求められるうち、涼花は毎日のように会話をする関係になってしまった。
(おかげで杉本センパイの視線が、痛く感じるようになったんだけど……)
 涼花は今年サークルの部長を務める三回生の女性を、ほんのり恨む。杉本は別に悪い人ではない。どちらかと言えば誰に対しても親切であり、親元を離れて一人暮らしをする学生である涼花には、実用的なアドバイスをくれた人でもある。しかしどうやら彼女は、宮田のような可愛らしい男性が好みだったらしく、彼が懐いている涼花に対して、最近態度が冷たくなったように感じていた。
(同じ語学授業を履修しちゃったのも、良くなかったかなぁ……) 
 涼花は第二外国語として中国語を履修し、今年はさらなる分野開拓にとドイツ語を履修することにした。杉本はアメリカへの留学経験もあり、英語は言わずもがな。二回生までの時点で発展的な英語科目や中国語も履修し、今年はフランス語と韓国語の授業も取っているらしい。そんななか、宮田は第二外国語としてドイツ語を選択していた。
(別に、どの言語を選択しても自由なんだけど……)
 そう思いながらも、宮田がどうしてドイツ語を選択したのか、疑問は残る。様々な考えがあるとは思いつつも、この大学の最近のトレンドとしては、一年次での第二外国語は中国語が一般的だ。年次制限のないドイツ語を選択するのは、何か思惑があるのだろうかと考えずにはいられない。例えば、涼花と同じ授業を受けたかった、とか?
(いや、でも、それはちょっと自惚れというか……)
 年次は違えど、同じ講義を受けることとなり、涼花は宮田と接する機会が増えてしまった。それゆえに、大学内で顔を合わせるたびに、仔犬が飼い主のところへやってくるかのように、彼は涼花のところへ来る。その流れで一緒に昼食を摂ったり、サークル活動に行くことも増えた。
(まぁ、可愛い後輩であることに、違いないんだけど……)
 屈託のないほほえみを向ける後輩に対して、涼花は先輩としての態度を崩さないよう、気を使うのだった。 

***

「そりゃ、その子、涼花ちゃんに好意持ってるんじゃない?」
「まさかぁ……!」
 もはや涼花の日常の一つといってもいいほどに、慣れた風景になりつつあるはなり亭のアルバイト。今日は店主の御厨が休みを取っているので、料理人として店を仕切るのは大河内だった。開店前の準備時間、涼花は雑談ついでに後輩に慕われていることを話していた。
「からかわないで下さいよ!」
 大河内の軽口を受け流しながら、涼花は開店準備を進める。自分が異性からの好意を向けられ、アプローチされるなんてありえない。
 涼花はこれまで、そういったこととは無縁であり、これからもそうであろうと自覚していた。例えば明菜のような……恋愛体質で異性が放っておかないような、可愛い女の子であったならきっと、年齢を問わず好意を持った異性がアタックしてくれたことだろう。残念ながら涼花には、異性から告白された経験はない。つまり自分は、同世代の異性から見て、魅力的ではないのだ。
「ほら、お母さん的な親しみやすさ、とか? 私、しっかり者って思われることが多いから、『おかんキャラ』みたいになっちゃうんですよ。だから、それで懐かれてるのかもしれないじゃないですか?」
 こういった自分評は傷つかないこともないのだが……物事を丸く収めるには、必要な判断である。ちょっと異性から好意的な扱いを受けているとはいえ、勘違いをしてはいけない。「もしかして?」と期待する気持ちを膨らませてしまうと、思わぬダメージとして自分に返ってきてしまうものだ。だから常に、自分は「選ばれない方」だと自覚しておきたい。
「……ま、自分のことをどう思うかは、勝手だけど?」
 その言葉を交わしたきり、その日は客入りが多く、余計な雑談をする間もないままアルバイトの時間は終わってしまった。

***

「おはようございます、渡辺センパイ!」
「……おはよう」
 はなり亭のアルバイト明けの日に、一時限目からの授業は正直キツイ。しかも昨日は平日にもかかわらず客足が途切れず、ラストまで忙しくオーダーが入っていたので、片づけをしていたらかなり遅くなってしまった。
 そんなわけでまともに思考回路も働かない状態だったが、不意に鉢合わせた宮田の存在で、涼花の意識は急速に覚醒させられる。
「宮田君も、一限目から授業、なの?」
「そうじゃないんですけど……今日提出のレポートが終わってなくて、これから図書館で仕上げる予定です!」 
 なんとなく適当にやり過ごしていそうな、容量のいいタイプに見えて、きちんと提出物に取り組む姿勢はあるんだなと感心した。
「大丈夫ですか、センパイ? 疲れてます?」
 顔を覗き込んでくる宮田の距離の近さに、涼花は思わず後ずさる。こういうトコロが「小悪魔」なのだ。ほとんど不意打ちで、その端正なルックスををもって距離を縮めてくる。
「だ、大丈夫! ちょっと昨日は、バイトが忙しかっただけだから……」
「そうなんですか? 無理、しないでくださいね?」
「別に無理とかは……」
 それ以前に、あなたの距離感が近すぎるから、余計な精神負荷を感じているのだけれど、と涼花は思う。それに、宮田が懐いてくるせいで、サークル内の人間関係に気を使わなければならなくなった。それなりに居心地よく、気に入っていた場所であったために、彼の存在によって複雑なものになってしまったことは、残念な部分だ。
「宮田君さ、私よりも杉本センパイと仲良くした方がいいんじゃないの?」
 複雑な思いを感じながら、涼花は苦言を呈する。自分よりも杉本のような人物と親しくした方が、きっとメリットは多い。外国語習得のコツや、その使い方など、留学経験もある彼女ならきっと、実用的な助言をくれることだろう。それに杉本は宮田に好意を持っている様子。きっと労をいとわずに、様々な場面で力になってくれることだろう。
 対して、宮田が自分と親しくなるメリットは何があるのかと涼花は考える。……考えるが、全く思いつかなかった。
「えー……、何で好きでもない相手と、親しくしなきゃいけないんですか?」
「えっ? 杉本センパイのこと、キライなの?」
「別に嫌ってるわけじゃないですけど。てか、好きの反対って、嫌い、なんですか? 好きでも嫌いでもないってのも、あるでしょ?」
「まぁ、そうだけど……」
 今のところ宮田が杉本に対して感じている気持ちは、好きでも嫌いでもないサークルの先輩、ということらしい。
 では自分は?
「でも渡辺センパイのことは好きですよ?」
「……!」
 睡魔との微妙な戦いが続いていた涼花だったが、その言葉に完全に目が覚める。
 こんな風に、わかりやすい言葉で好意を伝えられたことが今までにあっただろうか? 涼花の記憶にある限りでは、初めての経験だった。
「センパイとして、ってことね? まぁ、ありがとね……」
 頼りにされているのなら、それは悪いことではない。
 これまでも与えられた課題に対して、自分なりに責任感を持って対応していたら、同級生だけでなく年下や年上にも頼られる存在になっていた。
 きっと、これからも自分はそんなタイプなのだ。だからいつも、実際の年齢よりも年上に見られやすい。
 宮田の発言に揺さぶられつつも、動揺が顔に出ないよう涼花は、足早に授業が行われる教室へと向かう。宮田の目的地は図書館だから、この辺りで道も分かれる。
「センパイ!」
 自分を呼び止めるように、ひときわ大きな宮田の声。そんな風にされては、歩みを止めて振り返るしかない。
「昼メシ、一緒に食べましょう? 終わったら、ラインください!」
 自分の携帯電話を片手に掲げながら、人懐っこい笑みで自分に言葉をかける後輩の姿がある。
 特に断る理由もない涼花は、「わかった」の意を伝えるべく、手を挙げて合図をした。

「へー、センパイのバイトって、夜のお仕事なんですね?」
「その表現やめてよ、誤解されるでしょ?」
 約束通り、一時限・二時限目の授業終了後、涼花は宮田にメッセージを送り、学食で落ち合った。
「オレもそろそろバイトしないとなーって、思ってるんですよね」
「宮田くんって、実家から出てるんだっけ?」
「はい。でもオレの場合、姉ちゃんと住んでるんで」
 話によると宮田は、少し年の離れた姉が京都で働いているため、大学進学を機に姉のもとにやってきたのだという。
「生活費とか、まぁ、あんま気にしなくていいんですけど……なーんか、全部頼ってたらヒモ男みたいでしょ? だから色々きまりごと作ってて……多少猶予はくれてるけど、決まった額を渡す約束してるんです。もう後期始まっちゃったし、いい加減、ちゃんとしたバイトして生活費入れないと……」
「へぇ……」
 一見、小悪魔なチャラい雰囲気に見えて、お金についてはきちんとしているのだなと、涼花は感心した。彼の姉がどんな人物なのかは知らないが、身内であれ金銭関係はきちんとした人なのだろう。なぁなぁで済ませずに一定額を要求しているあたり、真面目な姿勢が伺える。
「センパイのバイト先、今度行ってもいいですか?」
「え……?」
「……ってか、紹介して下さいよ! 夜の飲食店だったら、時給も悪くないですよね? オレ、料理も好きだし、役に立つと思いますけど?」
「そう言われても……」
 涼花のバイト先であるはなり亭は、涼花がアルバイトを始めた頃からずっと、募集広告を掲げている。つまりは慢性的に人手不足なのだ。涼花がアルバイトをするきっかけになったのも、店主である御厨が人手が借りずに困っていたところ、たまたま居合わせたという事情がある。
 だから宮田がアルバイトとして加わってくれるのは、はなり亭としては喜ぶべきことなのだろう。
 ……喜ぶべきことなのだが……。涼花はどこか悩ましいものを感じていた。
 そもそも宮田はイケメン過ぎる……と思う。彼のような美男子、というか美少年は、涼花がアルバイトをするような、庶民的なお店ではなく、もっと映えるような……そう、それこそ明菜がアルバイトしているおしゃれなカフェの方が似つかわしい。きっと、日を重ねるごとに彼目当ての女性客も増え、お店にもいい影響をあたえるだろう。
 しかしはなり亭で宮田を働かせるのはいかがなものか? はなり亭は悪い店ではないが(むしろ店主である御厨の尽力もあって、良いばかりで、働きやすい)女性受けする店ではない。客層を考えると、宮田のルックスを活かせないように思う。アルバイト男子の存在は喜ばしいが、それは宮田にやらせることではない……と、涼花は感じた。
「宮田くんなら、もっと他にいいバイト先、あるんじゃない?」
「えー? そうですかぁ???」
 不満を口にする宮田の表情は、顔を曇らせていてもやっぱり可愛い。男性に対して「可愛い」という表現は好まれないだろうから、わざわざ口にはしないけれど。
(無意識にこんな可愛い顔するんだから……やっぱり、私とは次元が違うなぁ……)
 むしろ次元の違う彼が、自分の近くに居てくれることを、ありがたがるべきだろうか?
 そんなことを考えながら、この日の休み時間は過ぎていった。

***

「……やっぱり、その子、涼花ちゃんのこと好きなんとちがう?」
 今日も今日とてはなり亭でアルバイトである。開店前の準備をしながら、先日、大河内との話題にも出てきた宮田のことについて御厨に話していると、そのような見解を聞かされた。
「違いますよー、絶対! そんなんじゃないですって!」
 大河内といい御厨といい、どうしてそう単純に恋愛沙汰として解釈するのだろう? 自分が異性から、ましてルックスに恵まれたイケメンに分類される人物から好意を寄せられるなど、あるはずがないというのに。
「そんな、力いっぱい否定せんでも……。今の言葉、その子が聞いたら傷つかへんか?」
「……そんなこと、言われても……」
 確かに自分の気持ちを否定されれば悲しいだろう。思いを伝えようとしている相手に対して、その気持ちが「あり得ないもの」とされてしまうのがどれだけ辛いか……少し想像力を巡らせればわかることだ。
 とはいえやはり、宮田のようなカッコ可愛いイケメン男子が、涼花のような凡庸な女性に好意を持つとは考えにくかった。
「仕事しましょうよ、御厨さん! 仕込み、まだ終わってないでしょう?」
「……そうやな、堪忍」
 御厨の料理の腕は確かだが、いささか要領の悪いところがあり、話に夢中になると手が止まってしまう性分だ。これは大河内からもよく指摘されている。開店準備中にうっかり話が盛り上がり、開店時間になっても仕込みが終わらなかった日があったので、涼花も御厨の手が止まらないよう注意するようにしていた。

「涼花ちゃんの誕生日、明日やったっけ?」
 この日は平日らしく、割とのんびりとした営業になっていた。これなら、準備時間に雑談で手が止まる御厨を注意する必要もなかったかもしれないが……それは後になってみての話である。
 閉店時間も近くなり、客足が途切れたところで御厨が話しかけてきた。
「そうなんです! これでようやくお酒が飲めます!」
 とうとうこの日が来たのだと思うと、感慨深いものがあった。
 はなり亭でアルバイトをするようになってから、日本酒にも興味が湧き、飲んでみたいと思っていたところ、誕生日祝いに日本酒をもらえると言われ、この日を心待ちにしていたのだ。
「どれにするか、もう決めてるん?」
「うーん……まだ迷ってるんですけど……」
 涼花としては出来ればこの店によく来る女性客・重森が飲んでいた銘柄と同じものを飲みたいと考えていた。とても感じが良くて立ち振る舞いが美しく、こんな大人の女性になれたらと密かに憧れている存在なのだ。彼女と同じものを飲んだからといって、彼女のようになれるわけではないが、共通点が持てるのはとても嬉しいことだ。
(……でも、冷静に考えたら気持ち悪いかもしれない……)
 同じものを欲しがるなんて、自分はストーカー予備軍なのだろうかと、涼花は頭を悩ませる。
「『赤武』は……こないだなくなっちゃいましたしね……」
 先日、重森が飲んでいた銘柄の一つであるが、気が付くとなくなってしまっていた。
 「はなり亭」は定番で置いている銘柄もあるが、その時々に御厨が選んだ日本酒もあり、入れ替わりがある。 重森と同じ日本酒が飲みたい涼花としては、明日にでも重森が飲みに来てくれないだろうかと考えていた。

***

 誕生日当日、涼花の携帯電話には、家族や友人からのメッセージが相次いだ。毎年訪れる日だが、今年は二十歳になったということもあり、特別感のあるものに感じられた。
 とはいえ、普通の平日でもあり、大学の講義もあればアルバイトの予定も入っている。
 いつものように身支度を整え、通いなれた通学路を経て大学の構内へ進む。授業が行われる教室を目指す途中、最近サークル内でもで親しくしている早絵に出会った。二回生になってから同じ授業を取っていることが多かったので、何となく仲良くなっていた。
「早絵、おはよう!」
「おはよう、涼花。課題、ちゃんとできた?」
「うーん、難しかったから途中までしかできてない。あんまり当てられることもないから、授業中に完成させて提出したらいいかなーってトコ」
「そう……」
 早絵は何となくつかみどころがなく、他人に対しての興味が薄いのか、誕生日のお祝いメッセージは貰っていない。でもだからといって他人を拒むわけでもないようで……約束をすれば守ってくれるし、一緒に居ながらそれぞれが違うことをしていてもおかしな空気にならない、そんな距離感の相手だ。
「早絵はちゃんとやってそうだね」
「……白紙のまま。てか、毎回白紙で出してる」
「……えっ?」
 それは大丈夫なのだろうか? ふとした疑問が涼花の頭をよぎるが、すぐに早絵自身の言葉によって打ち消される。
「あの教授の授業は、毎回課題が出るけど、白紙でも単位取得には問題ない」
「……そうなの?」
「期末の試験でちゃんと解答が書ければだいたい通るらしい。でも、マメに課題を完成して出してる生徒は、試験免除して単位をくれるって話」
「ホントに?」
 それは初耳な情報だ! 早絵が一体どこからその情報を仕入れたのかは知らないが、半期の間、毎週課題を作成して提出するのと、期末の試験で及第点を取るのと、どちらが労力が少ないだろう……? これは真剣に検討した方が良いかもしれない。
「……でも、試験で通るのは、難しいっていう話もある」
「えぇっ!?」
 ではやはり、面倒でもコツコツ毎回、課題を提出して試験免除を狙った方が確実に単位がもらえるのではないか? しかし早絵は課題を毎回出していないという……
「選択の自由、でしょう?」
「ん、まぁ……そうだけどね」
 ちょっと謎めいた微笑みを浮かべる早絵に対して、涼花はぎこちなく笑い返すのが精いっぱいだった。

 大学の授業が終われば、はなり亭でアルバイトだ。以前から約束していた通り今日、お店にある日本酒をもらうことになっている。どのお酒をもらうか決められていない状態だが……とりあえず今は、大学の授業に集中しよう。
 ……そう、気を引き締めた時だった。
「おはようございます、渡辺センパイ!」
 講義室のある校舎に差し掛かったあたりで、待ち構えていたかのように宮田から声をかけられた。
「えっ? うん、おはよう……?」
「センパイ、びっくりしました?」
「う、うん、びっくりしたよ……?」
 涼花の隣にいる早絵の存在は目に入らないのか、宮田は涼花の反応を確認して不敵な笑みを浮かべる。
 本当に、この後輩には何かと驚かされたり悩まされたりしているなと、涼花は思った。
「驚かせすぎるといけないから、先にびっくりさせてみたんですよ」
「???」
 どういう意味なのかよくわからないが、なんだか宮田は楽しそうだ。涼花が事態を呑み込めないまま立ち尽くしていると、目の前に丁寧な包装をされた小ぶりの紙袋が差し出された。
「誕生日、おめでとうございます!」
 言葉から察するに、宮田は誕生日プレゼントを渡そうとしているらしい。お祝いのメッセージはいくつも届いていたが、こうして形あるものをお祝いとして贈られたのは、今日に関して言えば初である。
「涼花、今日が誕生日だったんだ……」
 早絵らしいといえば早絵らしい、この状況から感じた率直な感想が彼女の口から洩れる。
「うん、実はそうなんだ。これで大人の仲間入りって言うか、色々立場が変わっちゃう年齢なんだよね」
 ほんの一日違うだけで、実感としては何も変わらない気がするのに、立場が区切られてしまう。お酒やたばこがいい例だ。一日違うだけで、体の機能が変化するわけでもないのに、そこで線引きをされている。
 そう考えるとなんだか不思議なことだが、それが社会の決まりなのだから、守っておいた方が無難だろう。少なくとも涼花はそう思っている。
 そして宮田から差し出されたプレゼントを受け取りながら、涼花は言葉を紡ぐ。
「ありがと……でも、誕生日って教えたっけ……?」
「やだなぁ、センパイ! ライン交換してるんだから、誕生日くらい知ってて当然でしょ?」
 確かにライン交換すれば互いの誕生日も知れる。現に、日付が変わった途端、相次いで送られてきたメッセージもライン交換している相手からだ。
 しかしみんながみんな、お祝いのメッセ―を贈ってくれるわけではない。早絵のように他人の誕生日などに無頓着なものも居るのだ。
 ましてお祝いのメッセージではなくプレゼントを渡すとなると、事前に用意する必要がある。
「いや、でも、わざわざプレゼントまで……」
「……迷惑、でした?」
 悲しそうな表情で顔を覗き込んでくる宮田の様子に、涼花はハッとする。これではまるでプレゼントが迷惑だったような反応だ。思いがけない贈り物を贈られたとなれば、当然嬉しい出来事である。こういったサプライズはこれまでにないことだ。
「そんなこと! びっくりしすぎて、反応に困ったっていうか……、その、ありがとう。今日プレゼントくれたの、宮田君が最初だよ」
「ホントですか?」
 それはそれは輝くばかりの笑顔で、眩しいくらいだった。そして、そんな態度を取られると勘違いしそうな自分がいるので、涼花は改めて気を引き締める。
 きっと彼は、誰の誕生日でもこうして祝っているのだ。だから自分が特別ではないのだ。
「じゃぁ、俺はこれで失礼しますね! 良い誕生日の一日を過ごしてくださいね!」
 贈り物がきちんと受け取られたことを確認すると、宮田は足早に去って行った。 彼は何を贈ってくれたのだろう? 中身を確認したいところだったが、授業開始時間が近づいていたので、涼花はプレゼントをそっとカバンのそばに置いた。

「私も何か、用意しとけば良かったね」
「そんなこと! 早絵まで気を使わなくてもいいよ!」
 授業の後、持ち物をまとめながら早絵と言葉を交わす。
「まぁ、なんて言うか、言いそびれたけど、涼花、誕生日おめでとう」
「え、うん。ありがとう」
「……で、何貰ったの?」
 それは涼花も気になっていたところだ。改めて宮田から贈られたプレゼントを手にし、その包みを開け始める。受け取ったときは気に留めなかったが、この紙袋は最近話題のスイーツ店のものではないだろうか? テレビで紹介されているのを見て、興味はあったものの、それなりに値段がするものでご縁がないままだったそれである。
 包みを開けると、やはりテレビで見た「プレゼントにぴったりのプチスイーツ」と同じ、有名スイーツ店の焼き菓子が入っていた。タルト生地の土台の上に、クッキー状の生地を花弁のようにし、真ん中にはドライフルーツとチョコレート。「食べるのがもったいない!」といいながら、女性レポーターが満面の笑みで齧っていたそれである。
(……でも、あのお店は京都にはなくて……一番近いのは確か大阪だったし……)
「それ、SNS映えスイーツとかで、話題のヤツ?」
「そう……みたいだね」
「行列ができてるって、こないだもテレビでやってたけど」
 ならば宮田はわざわざプレゼントのために大阪まで出向いて、行列に並んだのだろうか?
「きっと、何かのついでだよ……そうじゃなきゃ、あり得ない、よ……」
「涼花?」
「わざわざ宮田君が私のために行列に並んで買いに行くとか……可笑しすぎるし」
 何か特別なものを感じそうになりながらも、涼花はそれをすぐに否定した。
 最近はインターネットでの取り寄せも簡単にできるのだ。加えて、可愛い系の小悪魔男子たる宮田ならば、スイーツ好きかもしれない。自分の欲しいスイーツを手に入れるついでに、このプレゼントを買った可能性もある。あるいは、同じ時期に他にもプレゼントを贈る相手が居たのかもしれない。そう、自分がプレゼントを贈られたのは、彼にとってなんてことない日常の一つに過ぎないものなのだ。
「でも、宮田は涼花と話すときだけ、距離が近いんだけど……気づいてないの?」
「……えっ?」
 いつも気が付くと、やけに近い距離で話しかけてきたり、顔を覗き込んできたりで、落ち着かない気分にさせられていたのだが……涼花に対してだけ? なのか?
「早絵、何言ってるの……?」
「まぁ、涼花が思うようにすればいいと思うけどね。さっきだって宮田、一緒に居た私のことは見えてないのか、涼花にしか話しかけてなかったし」
 そう言って早絵は涼花を残し、教室を後にする。これは別に避けられているとかではない。彼女はいつも自分のペースで行動するので、特に一緒に居る予定がなければさっさと離れていってしまう。次は涼花とは違う授業があるので、このような分かれ方になった。
 早絵はマイペースで掴みどころのないタイプだが、鋭い観察眼がある。だからこそ、今の発言は見過ごせないものがある。
(私に対してだけ……って、そんなこと……)
 意識しだすと、どうにもおかしくなってしまいそうな自分がいる! 涼花は必死に、頭の中に浮かぶ思いを振り払い、次の授業が行われる教室へ向かった。

***

「おはようございまーす!」
 時間を考えるとおかしいのだが、アルバイトに入るときの挨拶は最近こうなっている。今日は御厨も大河内もそろっている日だ。料理人二人体制なので頼もしい。ちょっと客入りが多くても、落ち着いて対応できそうだ。
「涼花ちゃん、おはようさん。あ、誕生日おめでと」
「誕生日おめでとう! これで一緒に酒が飲めるな!」
 二人からお祝いの言葉をかけられ、涼花は温かな気持ちになった。朝からお祝いのメッセージは多数受け取っているが、やはり直接言葉で祝われるのは嬉しい。……ちょっと恥ずかしい気分でもあるけれど。
「ありがとうございます。今日も一日、よろしくお願いします」
 挨拶を交わした後、いつものように開店準備に取り掛かる。料理の仕込みを手伝う必要はなさそうなので、涼花は掃除や席のセッティングを受け持つ。
 大学での出来事を気にしている場合ではない。涼花は準備を進めながら、日本酒を置いているケースをちらりと伺う。好きな銘柄を持って帰っていいと言われているが、どれにすればいいのかやはり決められない。もしも今日、重森が訪れたなら、彼女が頼んだものを選びたいところだが、果たしてそう都合よく来てくれるだろうか? 重森はつい先週、来てくれたばかりである。いつもなら次に来店するまで、もう少し間が空いていたはずだ。そう考えると、今日は彼女に会えないかもしれない。
(そうなったら、御厨さんたちにおすすめを教えてもらおうかな……)
 そう思い直して、涼花は準備に励むのだった。

「いらっしゃいませ。二名様ですね! こちらのお席どうぞ!」
 開店時間になり、はなり亭へ少しずつ客が入ってくる。はじめの頃はどの席に案内するのがいいか戸惑ってばかりだったが、今では特に考えなくても自然と案内ができるようになっている。
「ご注文お決まりですか?」
「えーっと、ハイボールと……あ、日本酒は今日は何があるの?」
「はい、それでしたら……」
 日本酒について聞かれても、今では落ち着いて答えることができる。開店前にいつも御厨たちに今日のラインナップを確認し、それぞれの特徴を覚えるようにしていた。この時期は「ひやおろし」という、秋のお酒が多いらしい。どんなものなのかよくわからないが、とりあえず季節のものらしく、それを聞くと飲みたがるお客さんが多い印象だ。

 そんなこんなでアルバイトをこなしていると、店の外にスッとたたずむ女性の姿が見え、涼花は思わず駆け付ける。そんなに都合のいいことはないと思いながらも、そうなったら嬉しいことが現実になった!
「いらっしゃいませ! お一人ですか?」
「うん。入ってもいいかしら?」
「カウンターにどうぞ!」
 思わず駆け出してしまいそうな気持を抑えながら、涼花は重森を席に通しておしぼりを渡す。
「日本酒、飲まれますか?」
「……そうね。今日はひやおろし、何か新しく入ってるかしら?」
「ひやおろしなら……名倉山と大山、浦霞があります!」
 残念ながら味の違いまでは分からないが、開店前に聞いていたお酒情報を頼りに、今日のラインナップを伝える。その中から重森は大山の特別純米ひやおろしを選んだ。
「あとそうね……ひやおろしなら秋らしいものが欲しいから……焼き銀杏と、なす田楽をもらおうかな。あと、背肝のしぐれ煮もお願いします」
「なす田楽と背肝は少なめにしておきますね」
「ありがとう、それでお願いするわ」
 いつになくウキウキとした気持ちが止まらない。涼花は重森の注文を復唱して御厨に伝え、日本酒を保管しているガラス張りのケースから、茶色い一升瓶を一つ取り出す。頼まれた銘柄と間違いないことを確認し、冷酒用のグラスと共に重森のもとへ……。そっとグラスを置き、その中に大山の特別純米ひやおろしを注ぐ。涼花は意味もなく緊張している自分を感じていた。閉店までこの銘柄が残っていたら、是非とも誕生日祝いとしてこれを持ち帰りたい! そんな思いが彼女の中に強く、渦巻いていた。
 並々と程よい量がグラスに注がれ、重森が満足そうに受け取る。
「ありがとう」
 そう言ってグラスを手にした彼女は、注がれた日本酒を零さないよう、慎重に中身を味わう。思わずその様子を凝視していたことに気づかれてしまい、涼花は重森と目が合った。
「……? 何か……?」
「いえ、なにも……っ!」
 いくら店員でも、自分が出したお酒を飲む姿をじっと見ていては、おかしく思うのも無理ないことだ。反射的に言い繕うが、不審な態度は消えない。憧れている重森に変に思われるのは不名誉なことだ。どうしたものかと気まずくなっていたら、御厨が助け船を出してくれた。
「実はこの子、今日が誕生日で……晴れて二十歳になるさかい、今日のバイトが終わったら店の酒をプレゼントする約束になってるんです」
「……! そうなの!? それはおめでとう!」
「あ、ありがとうございます!」
 涼花にとってはこれ以上ない、お祝いの言葉だった。宮田からの誕生日プレゼントの一件を忘れてしまいそうなくらい、それはそれは喜ばしいことに思われた。
「せやし、重森さんが飲んではるお酒も、興味深々みたいで……」
「そう? 日本酒に興味があるの?」
 心なしか嬉しそうな様子で重森が声をかけてくる。思えば重森から涼花へ話しかけてくれたのは、これが初めてではないだろうか? 御厨と時折店で会話している様子だったが、自分はいつも注文をするときに声をかける店員という立場だったことを思うと、こんな風に話しかけられるのはとても嬉しい。
「……はい、いつも、その……重森さんが楽しそうに飲まれてるので、どんな感じかなぁって……気に、なってて……」
 本人を前にして言葉にするのは気恥ずかしい。よくわからないが告白しているような気分だ。
「そ、……そう、なの? うん、この酒もとても美味しいけれど……そうね、もし初めて飲むのなら……」
 そう言って重森はいくつか、おすすめの銘柄や日本酒の選び方のコツを教えてくれた。
 まさかこんな風に重森から日本酒を教えてもらえるとは思っていなかったので、涼花としては終始、顔がにやけてばかりであった。

***

 アルバイトを終え帰宅した涼花は、今日贈られた二つのプレゼントを改めて眺める。
 ひとつは想定外の贈り物。まさか可愛い後輩から、このような贈り物をもらうとは思っていなかった。テレビで紹介されていた通り、食べるのがもったいないような、映えるスイーツだ。
 もう一つは以前から約束していた、はなり亭からの贈り物。お酒が飲める年齢になったお祝いにと、お店にある日本酒をもらう約束をしていた。といっても、一升瓶だと涼花の部屋にある冷蔵庫に入らないので、空になった四合瓶に詰め替えてもらっている。
 果たして日本酒はどんな味がするのだろう? 「酔う」とどんな感覚になるものなのか? 期待が高まる中、ふと涼花は気づく。
「……日本酒って、何で飲んだら……?」
 涼花の手持ちにある、飲み物用の食器といえば、一人暮らしを始める時に調達した平凡なガラスコップと、実家から持ってきた愛用の湯飲みにマグカップ。普段の生活はこれらがあれば何も困らなかったが、日本酒を飲むときに使うにしては微妙な気分になってしまう。
「うーん……お酒用の食器とか考えてなかった……」
 はなり亭で日本酒を提供するときに使っているのは、専用のグラスだ。燗酒の場合は徳利とお猪口を用意する。それを知っていたはずなのだが、涼花は家で日本酒を飲むときに必要なものを想定していなかった!
 別に湯飲みやガラスコップで飲んでも問題はないのだが……せっかくの日本酒デビューがこれでは悲しい。
 やむを得ず涼花は日本酒を入れてもらった四合瓶を冷蔵庫にしまった。
(今度、お酒用の食器を買いに行こう! それまではガマン!)
 自らの準備不足により、日本酒デビューは先送りになってしまったが、涼花は気を取り直して宮田からもらったスイーツを手にする。せっかくだからしっかり味わって食べたい。確かデカフェ紅茶がまだ残っていたはずだ。お茶と一緒に、この可愛いスイーツをゆっくりと味わい、誕生日の夜を過ごすことにした。

***

「昨日は誕生日祝い、ありがとね。すごく美味しかった!」
 翌日のサークル活動日、宮田と顔を合わせた涼花は、すかさずプレゼントのお礼を言った。
「喜んでもらえてよかったです! すっごい人気店で、メチャメチャ並びましたよー」
「そうなんだ……宮田くん、甘いもの好きなの?」
「好きですよ」
 その答えに涼花は確信する。彼はきっとスイーツ男子なのだ。甘いものが好きで、話題のスイーツは欠かさずチェックしたいタイプだから、自分用に購入するついでにプレゼント分も買ったに違いない。
 ホッとしたような、少し残念なような、複雑な気持ちになっていると、杉本に声をかけられる。
「渡辺さん、誕生日だったの?」
「あ、はい。昨日がそうだったんです」
「……それで、プレゼントを……」
 そうだ、杉本は宮田に好意を持っているのだ。意中の相手が自分以外に誕生日プレゼントを贈ったとなれば、心穏やかではないだろう。何かフォローを入れた方が良いだろうかと考えあぐねていると、すかさず宮田が杉本に話しかけた。
「杉本センパイの誕生日って、いつですか? サークルでお世話になってるんで、杉本センパイにもプレゼントしますよ!」
「えっ……そんな、別にそんなつもりじゃないんだけど……」
 遠慮するそぶりを見せつつも、まんざらでもなさそうだ。それにしても咄嗟にこういう発言で場の雰囲気を変えてしまうとは。
「じゃぁ、オレの誕生日にもプレゼントください! それならギブ&テイクで公平でしょ? 杉本センパイの誕生日って、いつですか?」
 誕生日プレゼントを贈り合う約束ができて、杉本の様子はわかりやすく上機嫌だ。本当に宮田は小悪魔タイプだなと、涼花は思った。

 学園祭が近いこともあり、この日はサークルでの出し物を話し合った。基本的には昨年までと同様、室内展示をしようという方針になったが、具体的な内容についてはまた後日、意見を出し合うことになった。
 帰り道の方向が同じだったため、涼花が宮田と歩いていると後ろから声をかけられた。
「りょーちゃんも帰るトコ?」
 振り返るとそこに居たのは明菜だった。大学に入ってすぐに知り合い、以前は一緒に行動することも多かったが、いつの間にか疎遠になっている。連絡先の交換もしていたが、明菜からは誕生日のお祝いメッセージは来なかった。そもそも涼花も明菜に誕生日祝いメッセージを送っていなかったから、お互い様でもあるし、別にそのことで特に何かを思うこともない。
 それよりも気になるのは今、明菜が男子学生と腕を組んでいることだ。確かアルバイト先のイケメン店長と付き合っていたのではなかったか? もちろん今もその関係が続いているかどうかは、わからないことなのだが。
「うん、そうだけど……」
「りょーちゃんって、可愛い系男子が好きだったの?」
「えっ? 何言って……」
「可愛いカレシ連れてるみたいだったから、びっくりしちゃった。じゃね」
 言うだけ言って、明菜は男子学生とくっ付きながら先を行ってしまう。一体彼女は何がしたいんだろうか? 疎遠になっている相手をわざわざ呼び止めて、ひやかすようなことを言って……宮田は嫌な気分にならなかっただろうか?
「ごめんね、宮田くん。あの子、何かとすぐに恋愛に結び付けて考えちゃうみたいだから」
「別に、センパイが謝らなくても……」
「そんな関係じゃないって、ハッキリ言っとかないといけなかったね。なんかあの子と話してると、言ってることが理解しにくくて、会話がかみ合わなかったりするんだよね」
「……今は、そうですけど……」
「……?」
 なんだか宮田の様子がおかしい。いつもの明るく軽やかな雰囲気はどうしたのだろう? 何か言葉を探しているようで、言いたいことがあるのに口ごもっている雰囲気だ。
 やっぱり涼花と一緒に歩いていて、冷やかされたのが心外だったのか? もしも自分が明菜のような、華やかで可愛らしい女の子であったなら、一緒に歩く宮田も嬉しかったのかもしれない。自分なんかと付き合っていると誤解されては、宮田にとって不名誉だ。
「あー、あ。私も明菜みたいだったらな……」
「どうしてそう思うんですか?」
「だって……みんな、明菜みたいな女の子が好きでしょう?」
「そんなことないですよ……オレは……!」
 語調が強くなった宮田に制止されるかのように、涼花は足を止める。いつの間にか、宮田と向き合うような形になっていた。何か悩んでいるような、悲しそうにも見える表情で、宮田は涼花を見つめてくる。こんな風に異性と向き合うことが今までにあっただろうか? いや、向かい合ったことはあったかもしれないが、こんな表情で見つめられた経験はない。
「オレは……渡辺センパイの方が、いいと思ってます」
「……えっ?」
「……困らせてたら、スイマセン。オレ、先に行きますね」
 気まずい様子で、宮田は涼花を残し、走って行ってしまった。
(私の方がいい……って、それって……?)
 宮田の言葉の意味をどう捉えるべきか、涼花は心を悩ませる。今の話の流れなら、好意を寄せられていると解釈してもよさそうだが……やっぱり涼花には自信がなかった。
(私の方が選ばれるなんて、そんなこと……)
 最近一段と寒さを感じるようになった秋風が、いっそう肌に厳しく感じられた。

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